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"白血病"と診断されてからの軌跡(ph+ ALL)
26歳で突然白血病と診断されました。入院一日目からの闘病生活を綴っていきます。
プロフィール

ちょもらんまZF1

Author:ちょもらんまZF1
まぁ。焦らなくてもいいんじゃね?
後悔してもどうにもならないなら、
どうやって乗り越えるかを考えようぜ☆

-闘病の状況-
2012.6:発病(緊急入院)
その後寛解導入治療・地固め4サイクルを終了。
2013.1:移植を実施
2013.3:元気になり始める。
2013.5:移植後100日目のマルクにて問題なし
2013.6:慢性GVHDが落ち着いてきたので退院
2013.8:マルクにて再発の疑い→グリベック投薬再開
2013.9:マルクにてキメラ遺伝子が消える(理由は不明)

-現在-
自宅療養中

-今の目標-
・社会復帰の準備をする。
・時間のある限り、誰かに力を分ける。



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【2,230日目】今年3度目の入院
こんばんは。
ちょもらんまです。

今日の体調は、通常状態です。
いろいろあり3度目の入院をしてしまいました。
なので、1年に1度であるはずの更新のはずが、久しぶりに病室からブログ書いてます。

4月から息子が、保育園に行き始めました。
始めの1週間は、順調に行けたものの、2週目は、熱でほとんど行けず。
みんなそんなもんだ!!程度に流していました。
これが甘かった。
ステロイドを服用し続けている私の免疫力は、0歳児並みです。

4月末 夜寝ていると突如39度近い高熱と肺に痛みが・・・。
     結果:Hibによる肺炎
         ->入院
5月末 夜寝ていると突如40度近い高熱と肺に痛みそして息ができない。
     結果:肺炎球菌による肺炎・敗血症
         ->入院
7月中 夜寝ていると突如39度近い高熱と肺に痛みが・・・。
     結果:肺炎球菌による肺炎
         ->入院
もれなく、ダブルがトリプルになりました。
恐らく、息子くんからもらってしまったのだと思います。
自分の免疫力のなさ・抗体のできなさ・学習能力のなさを実感しております。

まぁ。いずれも、抗生剤投与で何とかなるものなので、大丈夫なのですが、
妻と会社へこれ以上迷惑をかけないように、特に自宅では、フルタイムマスクをするようにします。


さて、入院中は、熱さえ下がってしまえば暇になり、なんかできることはないかと考えてアプリを作ってみました。

その名も・・・
”採血データ管理アプリ”(Androidのみ)
ネーミングセンスなさすぎ。
apl.jpg

入院中に、病院から渡される記入用に渡される紙の項目をスマホで管理できるようにしただけのアプリです。
自分は、平日は仕事・土日は家事育児で忙しくて、ボランティアとか参加できへんから、
せめて何か協力したいなと思って作ってみました。

ただ・・・・始めてAndroidアプリ作ったのでバグがあったら・・・ごめんなさい。
では。ノシ

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【移植後5年目】一つの壁
こんばんは。
ちょもらんまです。

今日の体調は、好調。
少々ドライアイの症状が出ています。

久しぶりにログインしようと思ったら、メールアドレスやらなにやら忘れてしまい、こんな時間になってしまいました。
今日で移植から、5年が経ちました。

5年と聞くと長いようですが、あっという間でした。
2ヶ月の1度の通院の際に当時いた看護師さんに合うのですが、
当時新人だった方が、後輩を指導している等、時の流れを感じさせられます。
今も忘れない5年前の今日、太い注射器から体の中に入っていく骨髄液
どこの誰かも分からない私を助けてくれたドナーさんに感謝しております。

4年目~5年目の一年間もいろいろありました。
1月~3月
  GVHDから酷いドライアイに悩まされ
4月
  2週連続で自転車で転倒して、鼻を骨折して救急搬送
  診察中の病院で妻破水
5月
  退院後すぐに妻が入院して、0歳時と2人きり
  骨折時の血液型検査で移植前の血液型が検出
6月
  あれよあれよという間に年末
とまぁ。慌しい一年間でした。

息子君も無事9ヶ月になり、亡くなった両親や義理の父に届くような声で毎日騒がしくしてくれています。
何を教えられ、何を教えればこの子の為になるのか、考えさせられる毎日です。

現在は、ステロイド10mgを絶賛継続中ですが、通常の生活には、なんら支障ありません。
趣味の自転車も子育ての合間を見つけ鼻を折らない程度に乗っております。

一日一日が過ごせることに感謝しながら、人生後悔しないように
家事に育児・仕事に趣味全力を尽くしていこうと思います。

私のような人に救われる命が、一つでも多くなりますように・・・。

では。



【移植後4年目】忘れられない日
こんばんは。
ちょもらんまです。

今日の体調は、絶好調。
毎日飛ばし過ぎなくらい、生き抜いています。

1月22日は私にとって特別な日
 4年前のこの日造血幹細胞移植
 3年前のこの日結婚
…また、第二の誕生日を迎え1つ歳をとれました。
今日は、妻と値段を気にせずお寿司を食べケーキを食べる。わずかながらお祝いをしました。
病気と闘ったからこそ、味わえる幸せだと思います。

高校時代の部活仲間と最近飲みました。
“ちょもらんまの移植から4年か”
“あの病気が、俺らの結束力を強めたよな”
こんな言葉が聞くと、病気になった事は、マイナスだけでは無く、プラスになることもあるなとつくづく感じます。

この一年色々ありました。
人生を楽しむ事を優先し転職
自転車で琵琶湖1周達成

そして、待望の第1子を授かりました。今は、すくすくお腹の中で育っています。母に孫の顔を見せたいと、思って始めた不妊治療から1年半…長かったです。

ただ、いい事ばかりではありません。
義理の父が他界しました。孫の顔を見せられると思って、喜んでいた矢先のことです。
じぃじぃとばぁばぁが、いない環境での子育てになりますが、大きな壁を乗り越えた経験をかてにして頑張りたいと思います。

急性リンパ性白血病 フィラデルフィア染色体異常という同じ病気で苦しむ人達の希望になれるようこれからも生き抜きます。

では。



【移植後2年と212日】おかんありがとう
こんばんは。
ちょもらんまです。

今日の体調は、普通。
通常の日常生活を送っています。

突然ですが・・・
2012年6月の私の発病前の3月に乳癌 stage3+であることが分かり、
ずっと闘病を生活を続けていた母が他界しました。

今年に入ったあたりから、落ち着きかけていた癌細胞が暴れ始めて、
ホルモン療法を続けていましたが、抑えきれない状態に・・・。

内臓への転移はなかったものの腫瘍が皮膚表面に出てきて常に化膿している状態。
母は癌細胞を抑えるために諦めずに抗がん剤をやるといった選択をしました。

しかし、癌細胞の進行は抑えられず、血液が回復する見込みもなく、
緩和療法へ・・・それから3ヶ月で帰らぬ人となってしましました。

幸いにも、夏季連休中と重なり、母にとっての最後の4日間ともに過ごすことができました。

父と母には全然親孝行できなかったけど、少しでも長く生きることが親孝行だと思っています。
父と母の病気に屈しない心は、今でも私の中に残っています。

おとん・おかん本当にありがとう。







【移植後2年と102日】着実なパワーアップ
こんばんは。
ちょもらんまです。

今日の体調は、普通。

GWは、特に出かけることもなく、平常運転です。

前回、浜名湖一周して以来、暖かくなりチャリで週末は、動き回っています。

最近思うこと・・・足の筋肉が戻ってきているかも。

うまく言えませんが、浜名湖のときは、
 ・この上り坂でペダルを踏みたい。
 ・さらにもう一段加速したい。
って言うときに、今までは踏み込めなかったんです。

ですが、最近は、踏み込もうとしたときに、
 ・大腿四頭筋
 ・大腿二頭筋
 ・腓腹筋
あたりを使って踏み込むことができるようになってきました。
山道や起伏を含むコースで、練習しているおかげかなぁ。

次回の通院での、肺活量チェックも楽しみ☆

とまぁ。自転車馬鹿の筋肉ネタは、これぐらいにしておいて・・・

ひょんなことからタンクトップ男子と"東京マラソンでようか?"みたいな話になりました。

東京マラソンには、"移植者の部"なるものがあり、"臓器移植者・骨髄移植者"が参加できるらしいです。

 ・どうやって東京までいくか?
 ・先生の許可が下りるか?
 ・完走できるのか?
等々問題有りですが、ちょっと計画中。

少々前ですが、桜の写真をいくつか貼っておきます。
では。ノシ
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